【衝撃】殺人タイヤ「ラバー」が物凄い映画だった


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「ラバー」

2010年に製作されたフランス映画です。

 

あらすじ

砂漠に捨てられた一人(?)のタイヤ、ロバートに意志が宿る。このタイヤは自分が念力で物を破壊できる能力を持っていることに気付く。タイヤは荒れ地を転がりながら、目にする様々なものを無差別に破壊しまくる….

そして標的は町の人間へとシフトする….

この映画は何を伝えたいのか?

何が根本にあるのか?

おそらく普通の観客には全く理解できないほど、意味のわからない映画だと思います。

にも関わらず一部の鑑賞者からは絶賛の声も

私も鑑賞しましたが、とにかくよくわからない「勢い」がこの映画にありました。

 

この映画を見る意味は皆無!!(笑)

 

この映画を見る意味は?と聞かれるとこう答えます。「時間の無駄だから観ない方がいいよ」って(笑)。じゃあなんでこんな映画紹介してるんだ!と言われるかもしれませんが先に言っておきます。「この映画を観る意味は有りません!!」大事なことだから二回言いました(笑)

 

しかし、一見の価値はあると言えます。意味はないですが価値はある。ここ重要です。

この作品を観た後は多くの人がこう感じるでしょう。「駄作だったけど、なんだか物凄い作品に出会った」と。

 

 

タイヤの殺傷能力は「念力」

 

他のレビューサイトでも取り上げられているように、「殺人タイヤ」というコピーから「タイヤが人を轢き殺す」という映像をイメージしがちです。しかし予告を見てわかる通り、この映画のタイヤの殺傷能力は「念力」です。おいおい、そこはもっと派手にやってくれよ(笑)って感じだったんですが、蓋を開けて見るとこの「念力で殺す」という行為がこの映画に非常に味を出しているという観点もあるでしょう。

轢き殺すよりも念力のほうがタイヤの「無生物っぽさ」が出て、面白いと思いました。といってもタイヤが意志を持っているという事実もきちんと描写されているんですよね。この生物と無生物の間の感覚を味わえるのもこの映画の醍醐味でしょうか。

 

 

映画内に出現する「メタ視点」

 

この映画はひとつのストーリーとして完成されていますが、映画内で時々「メタ視点」が出現します。つまり、でてくる登場人物が実際の観客のように(映画を鑑賞している私たちのように)そのタイヤの行方を双眼鏡で追っていきます。

メタ視点が出現する映画として他に「ファニーゲーム」などが挙げられますが、この手法は観客を映画内に取り込んだ感覚をつまませるように仕向けます。

しかしこの映画では観客を取り込むような雰囲気は感じられず、その内容の難解さを解釈するガイドのような存在なのかな?とも思いました。

脚本・監督ともにカンタン・デュピューが指揮をしています。彼の頭の中はどうなっているんでしょう….。

 

タイヤの自立走行

 

この映画を散々批判しましたが、タイヤの自立走行シーンはどうやって撮っているんだろう?と思うほど素晴らしかったです。ひとりでに動くタイヤを見る料金だと思ってレンタルしてもいいかもしれませんね(笑)

これ以上語ると無限に掘り下げてしまうほど意味不明で難解な映画なので、気になった方は是非ご鑑賞下さい!

鑑賞した方はコメントでいろいろ議論してみて下さい!

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以上、映画「ラバー」の紹介でした。

 


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